「今まで経験した別れ」
最近思ったこと…。
これまで生きてきて、随分と人の死に直面してきたなぁーと思いました。
2歳 妹と死別。一週間くらいしか生きていなかったそうです。何千人に一人かなんかの奇形で助けられなかったと
いうことでした。その存在をはじめて聞いたのは小学校3年生くらいだったかな。お墓は父の実家にいっしょに
埋葬されていたし、お位牌も実家に預けられていたので全く知らなくて驚いたことを覚えています。小学校3年 のとき、家に位牌と遺骨が帰ってきた(実家でお墓を立て直す機会にやっぱりそばにつれてきたかったんだと
思うんだけど、子供だからよくわかりません、詳細は)
7歳 父方の祖父の死。物心ついたときには寝たきりになっていたので、寝ているじいちゃんしか印象にありません。
寝てるそばでいとこたちと騒いでいたら怒られて…。じいちゃんってこわいって思いました。
それでも、わたしが3歳くらいまでは元気でとてもかわいがってくれたそうです。でも。記憶には残ってないんで すよね。
今、私の娘は4歳。亡くなった母のこと、どのくらい覚えていてくれるのかな。仕方ないことだけど記憶に残らな いのは、さびいしいように思います。
10歳 父方の祖母の死。一人で留守番をしていて電話を受け取ってどきどきしたのを覚えています。ちょうど稲刈り
でみんな田んぼに行っていたから、自転車にのって知らせにいって…。泣きながら報告したなあー。
父がとりあえず病院にとんでいって、そしたら、祖母を家に連れて帰る車の手配がなかなかつかなくて、
父は自分の車の助手席を倒して祖母を家まで連れていきました。このときの父はすごいなーといまでも
思います。どんなことを考えて運転していったのかなー。
11歳 母方の曾祖母の死。老衰で家でずっと寝たきりだったけどみんなに看取られて旅立っていきました。
年だったから大往生といわれたけど、やっぱり大好きな人がいなくなるっていうのはすごくショックでした。
このくらいから、だれか身近な人が亡くなるのとダメージを受けて凹んでいたように思います。
17歳 中学のころ、英語を習っていた先生の死。先生も高齢だったけど、とっても丈夫な方で急死だったから
これもきつかったです。
この年は同級生のお母さんが亡くなったり、弟の同級生が亡くなったり悲しい年でした。
今にして思うとやっぱりまだ気持ちが子供で、遺族の痛みっていうのは今ほどわかっていなかったかも
しれません。
29歳 母方の祖父の死。ここまでで一番辛かった。受け入れられなかった。膵臓ガンで余命6ヶ月と宣告を
受けましたが2年もがんばってくれました。最後の何ヶ月かは自宅療養で毎日看護婦さんに来てもらって
いました。私も丁度、会社を辞めた時期だったので看病することができてそれはうれしかった。
私のことを祖父も信頼してくれていて私にしか処置させてくれなかったから…。
ただ、最期の日、私は風邪をひいてしまい祖父に移しては大変と扉越しに「じいちゃん、風邪ひいちゃったから
移すといけないから会わないでいくね。治ったらくるから」というと「うん、早く良くなれ」とかすれた声で返事が
ありました。私はそのまま帰りましたが母が帰ろうとしたとき、「帰るな」とひきとめたそうです。その夜というか 夜明けに旅たっていきました。
最期の最期にいっしょにいてあげられなかったということとガン宣告をしてあげなかったことが後悔になって
このときも母よりも祖母よりも立ち直れなくて寝込んだ覚えがあります。
このころは、心よりも身体に不調がストレートにきていたので体調の回復とともに心の立ち直りも今よりはずい
ぶん早かったように思います。それに私はよほど心配なのかしょっちゅう夢に出てきてくれましたね。迷信って
思う方も多いと思いますが私はそばにいてくれたのだと信じているんです。
このあともずいぶんいろいろな方とお別れしましたが、
38歳 父方の叔母が亡くなったときはかなりショックでしばらく立ち直れませんでした。小さいときから特別に
かわいがってくれた叔母で…。身体がもともと丈夫じゃなく私と似た感じだったのにいつも私の心配ばかり
していた人でした。形見の着物を母に預けてあったのですがいまだに中身を見ていません。(たぶん、
まだ心の中でみとめていないと思います。まだどこか外国にでもいる感じなんです)
この年、もう一人叔母が亡くなって、こうやってだんだん欠けていくのかなーと思ってさびしかったです。
この年、事故で父の友人で子供の頃から知っていた知人も亡くなり母ととてもさびしいねといって泣いた
ことを思い出します。
この次にまさか自分の母との別離が来るなんて想像もつきませんでしたね。人間には予想のつかないことがたくさん
ありますね。
こんなにたくさんの別離を経て、悲しんだり悩んだりしても実の母となるとやっぱりなかなか受け入れることが出来ない私は未熟なんでしょうね。
ここまで書いて自分の弱さを痛感しています。もう少し強くなりたいけど…。