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「病院のお盆体制」

どこの病院でも、「お盆休み」「お正月休み」はあるのでしょうが…。
重篤な患者を抱えた主治医が休みをとってまだ未熟そうな(本当はちゃんとしたお医者さんなんでしょうが、私にはそう見えた)先生とベテランの看護婦さんも交代で休みをとる。

先生も看護婦さんも人間ですから年中無休で働くわけではない。
でも、この間に具合が悪くなった場合は「運が悪かった、タイミングが悪かった」と患者も家族もあきらめるしかないのだろうか。

母はお盆に入ってから食欲が落ち、尿量も減っていた。
この頃、また「もう長くはないかもと宣告をされていた」(もう、宣告はいいよ、何度も言われてもどうすることも出来ないし)
末期がん患者は重篤な患者ではないのか。こういう時に主治医は休んでしまうのか。先生に対する不信感が
生まれていた。

お盆に入って何日目だったろうか。尿量が激減し、若い先生が利尿剤を何回か注射してくれた。
それでもでない。母はこの日はさすがに苦しそうだった。加えて、この日の当番の看護婦が横柄な人で
夜、看護についていた弟と叔母が切れた。定期的に体位交換をする必要があるのだが、その看護婦を呼ばないで
二人でやったというのだ。(大変だったろうに…。母は痩せたといってもたいした体格なので結構大変なのだ)

翌日、いつも対応のよい看護婦さんが朝やってきた。尿カテーテルをつけているところに尿とりパットをつけて
いるのだが、それに尿がもれているというのだ。看護婦はおかしいよといって婦長さんをはじめスタッフをたくさん
呼んで来て処置するとカテーテルが詰まっていたということだった。膀胱に1リットルもたまっていたそうだ。
さぞかし苦しかったことだろう。
この日、その処置のあと尿量は増え一安心といったところだった。
午後、廊下で主治医と看護婦がこのことに関して話しているのを小耳に挟んだ。
主治医が病室にきたが一言のお詫びもなく(少なくともこれは医療ミスだろう)状態をみて戻っていった。

親族がきていたので、なんだあの医者は…ということになったので、なんか文句の一つもつけてやろうと
みんなが言い出したので私が言ってくるからとおさめた。(まだ、何ヶ月いるかわからないのに気まずくなってもねとおもったからだ)

婦長さんを呼んで、感じの悪い看護婦の話から、カテーテルの話、先生が一言もお詫びもしないことを
親族一同怒っているので話にきました、というと婦長さんは丁寧に話を聞いてくれてとりあえず私の中のイライラは若干ながら落ち着いた。感じの悪い看護婦さんが来ると母がとても萎縮するから担当から外してほしいという願いは受け入れてくれた。(残り少ない命ならすこしでも不快な思いはさせてくないということをわかってくれた)
先生が謝るというのは婦長もいいにくいようで、親族のみなさんに申し訳なかったと伝えてほしいと私に伝えるとともに婦長さんは謝ってくださった。
親族に私も説明をしたら、叔母たちが「とりえずおしっこ出るようになったんだから大丈夫だ」といって帰っていった。
それでも、これはかなり母の体力を奪ったようだ。
この後、2-3日は元気で話すこともあった。水分だけはとっていた。
以前はテレビもみたりしていたが、そういうことはかったるいようだった。

私はほっとしながらも「もうじき訪れるかもしれない決別の時」が怖かった。
長女の役目と思い、いろいろな事務処理や応対をこなしながら自分の身体や心が壊れていくのすら
感じなかった。とにかく毎日眠れなくてうつらうつらしていた。
とにかく母が居なくなるという事実が怖くてその事実を頭の中で否定しつづけていた。

この頃も精神安定剤を飲むことすら思い出せずにいた。